みかもぶろぐ

日々雑感をすこし丁寧に。


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ゆっくりと子育てする権利、される権利

OLだった頃、朝、遅刻するだけでも大ごとなのに、
子どもを授かって、なんと仕事を辞めた。
あんなに大切な、大好きな仕事を辞めるなんて。。。
私に仕事を辞めさせた、「こども」という存在は本当に大きい。

妊婦さんや小さな子を連れた人を見ると、自分の子育て期を思い出す。
あの頃、とても強く感じていたのは、
「こどもが小さいうちは、子育て以外、何もできなくなる」ということ。
当時は本当に大変だったけど、
これは、いまの私にとっては実はとてもうらやましいことで。

いつもはやっていたけど、あまり気がのらなかったこと(例えば近所つきあいとか、ご飯つくりとか。)全て、
「赤ちゃんがいるんでできません!」と言っちゃえるから。
赤ちゃんの命以上に、はかなくて、大事にしなくてはいけないものはないから、こう言えてしまうのだ。

何もかもすべてを赤ちゃんに捧げなくてはならない毎日は
実はとても幸せな時間なのだな、と
今は、思う。
だから、ママさんを見ると、「赤ちゃんどっぷり期なのね、うらやましいわ~」などと思っていた。しかし。

最近気がついた。「赤ちゃんがいるから、色んなことはできませーん」などと抜かしていた私が、どれほど恵まれていたのかを。

昨日少しお喋りした、就労相談の場に来ていた女性は4歳と2年生のママ。急に休むことが予想されるので、仕事が見つからず、苦労していた。
私も、妊娠中からもほぼずっと働いているけれど、実家の手伝いだったり、ママさんにとても理解のあるオーナーのお店だったり。あげくの果てには社長ですから。恵まれていたんだなあ、と思う。

嫁ぎ先の実家でも、いつも「毎日大変なんだからここに来た時くらいはのんびりしなさい」と言われ、素直なので真に受けて、昼寝させてもらったり、ご飯を作ってもらったり、ぐーたらぐーたらさせてもらった。

人それぞれ、どんな働き方や子育てをするのもいいのだが、
赤ちゃんが生まれて、子育てに集中したいママ(パパも)の権利と、優しくされたい赤ちゃんの権利が守られるといいな、と昨日はしみじみ思ったのでした。


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旅先にて

2月にお仕事で浜松へ行きました。

浜松駅に降り立って、改札を出たところで
駅前の地図を見て、
辺りをぐるりと見渡して
いつものように母に電話をしようとしました。

一瞬のことですが
そこで、母がもうこの世にいないことを
思い出し、
涙がこぼれました。

どこか遠くへ出かけた時、母に電話をすると、
『まあ、そんな遠くにいるの!』
といつも大げさに驚くのが面白く。
そしてそこにいる臨場感を伝えるのが楽しく。
お土産を買って帰る張り合いがありました。

お土産屋さんを見ていても、買って帰る相手がいないと淋しいです。

母が亡くなって、
母が一人で住んでいた実家へ最近引越しました。

このマンションには、同級生の家も数軒あります。

その中に、小さい頃から可愛がってくれている
おばちゃんがいます。

同級生のK子は、2年前、天国へ旅立ちました。

甘党のおばちゃんは、私の旅のお土産を
とても喜んでくれるので
時々買って帰ります。
少しだけ、K子の代わりができるかもしれません。


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経営をしていて、泣くほど嬉しいこと。

小さいながらも会社の経営者になって、
11年が経ちました。

自分のふがいなさに泣けてくることは
多々あります。

一方で涙が出るほど嬉しかったことも、
もちろんある。

お客さまに喜んでもらうことももちろんですが、
そこは「お仕事」なので、ある意味できて当たり前。

私の場合、
働く皆が嬉しそうに、楽しそうに働いている場面が
特に心に響きます。

もう一つ、忘れられない、社長号泣の出来事がありました。

5年前、大きな不安を抱えながらも、
事業拡大と移転を決断し、
引越した翌日の朝。

エレベーターはヤマト運輸さんの運ぶ荷物でいっぱい。
乗るのがやっと。

荷物と共に、当社のある6階に着くと、
それらは全て、経営の先輩方からの移転祝いの花々だと判りました。

こんなにも、応援してくれる人に囲まれている。
そのありがたさに
涙が止まらなかった。

この春、有限会社まるみ名刺プリントセンターという長い社名を
有限会社まるみ に変更したところ、
エイプリルフールですか?という確認の後、
またお花が贈られてきました。

5年前にも、蘭を贈ってくださった。。。
いつも勇気づけ、叱咤激励してくれる仲間。

とてもありがたいことです。

そして、
私も誰かに
そういう励ましを贈れるようになっていきたいと思います。

社名変更のいきさつはまた今度書きます。

花の香りに癒された1週間でした!!!


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松山、再び。

2015年10月22日に、初上陸した四国、松山。
「第18回中小企業家同友会障害者問題全国交流会in愛媛」に
参加したのです。

この日は私の誕生日であり、
一緒に働くKさんの記念すべき出版の日でもあり。
「売ってくるよ~」と20冊もカバンに詰めこんで飛行機に乗ったのでした。

思い出がてんこ盛りとなった2日間でしたが、
イベント自体も盛りだくさんの内容で
全く観光ができなかったのが残念で。。。

再度訪れたいと願っていた松山へ、
先週行くことができました。

桜がはらはらと舞う松山城。

お城を中心として
コンパクトでありながらも、
重要な施設がキュッと詰まった街は
とても清々しく感じます。

足を延ばして、瀬戸の島へ。
橋がかかったことにより、
沢山の人がその自然を楽しむことができています。

自転車も観光の目玉。地域の名物。
島から島へと自転車で渡れることも魅力です。


夕暮れの浜。
いつまでも眺めていたい景色。

近くでは、潮干狩りをする家族連れがいました。

自然のそばで暮らす豊かさを
うらやましく感じつつ。

そして夜の道後温泉。

その風情は、いままで見たどの場所よりも
素敵でした。

湯上りのくつろぎ処。

私が行ったのは、月曜の午前だったため、
浴場にいたのはほとんど地元の方でした。

ちらほらと私のような観光客か、外国人。

ここの案内をしてくださる係りの方の
おもてなしがとても暖かく感じました。

建物は複雑だし、
どのようにお湯に入ったらいいか、
手順がよくわからないので、
皆さん一生懸命、説明を聞き、
「おお、なるほど!」と納得して
いそいそと浴場へ向かいます。

その関係性が
「お客と係員」を超えて、なんとも暖かく、
やり取りをずっと見ていたい気分でした。

そういえば、松山で出会った方は皆さん、
とても親切だったなあ。

慌ただしい東京で暮らす私も、
この雰囲気を見習いたい、と思う
大満足の旅でした。

いつか、また行きたい!
松山!!


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愛情こもる、プロのお仕事

去年の暮れに一人暮らしの母が亡くなり、
急いで実家の片付けをしなくてはならなくなりました。

片付けくらい、自分一人でできる、と思っていましたが、
品物を手に取るたびに、考え事をしてしまい、
気が散ってしまうので、
伴走型お片付けアドバイザーの本田さんに
お手伝いいただきました。

家の中をざっと見渡して、片付け計画をたて、10時にスタート。
「自分でもできる」なんて甘く考えていましたが、
本田さんの仕事ぶりはプロフェッショナル。

要る物、要らないものを分けるのは当たり前ですが、
「思い出の品コーナー」
「備蓄品コーナー」
など、なるほどのカテゴリー分けで、
頭がすっきりしました。

また、作業の方法として、
分別しているそばから水拭きしていく。

部屋の中がどんどん清々しくなっていくのを感じます。

本田さんが、ごしごしと汚れを取っていく姿は、
愛情そのもの。

母や、母が住んだ家や、これからここに住む私達の未来に対する
愛情です。

作業の合間には、私の母に対する気持ちも
沢山聴いてくださいました。
ただ、モノを処分するだけではない、
プロのお仕事を見せていただきました。

本田さんのような方は、この業界でも少ないでしょうから、
将来的には予約を入れにくくなるでしょうね。。。

読んでいるだけで、なんだか元気になる美貴さんのブログ。
http://ameblo.jp/katazuketai-xyz/

さて、次回訪問までに、自分なりに頑張って
片づけの続きをします(^^♪


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アミダステーションでの出来事

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みんなに開かれた場所。
八王子駅近くのアミダステーション。

日曜日はここで楽しみにしていた、地域通貨・てんぐ市。
後半は「福島こども支援はちおうじ」のイベントと
チャリティーライブ。

このスナップは、その時のもの。
いつも一緒に活動している仲間。
すっごくいい写真。

実はこの日、バリちゃんに整体をしてもらう予定だったのだけれど、
お互いになんやかやと忙しく、
てんぐ市が終わるまで、座ることもできなかった。

片づけが始まったころ、畳に座布団をひいてくれて、
うつ伏せになって!と言われ、
整体スタート。

皆はざわざわと片づけしたり、話したりしている。
三鴨さん、整体いいなあ。気持ちいい?とか
話しかけられたりするのだけれど、
疲労困憊で凝り固まったカラダをバリちゃんにほぐしてもらって、
意識が遠くなっていき、返事もできなかった。

私の頭やカラダの上を、皆の会話が飛び交う。

皆がいる真ん中で、ひとりだけ横たわり、
眼をつぶって皆の声を聴いていると、
なんだか自分のお通夜のような気がしてくるのだ。

皆の気配や声に包まれながらの、
バリちゃんの整体は、本当に素晴らしい時間だった。

いつか自分が死んでも、誰にも泣いて欲しくないな。
そんなことを考えたのは、
アミダステーションがお寺の別院だからかな(^^)


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村木厚子さん講演会

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元厚生労働省の村木厚子さんの講演会に参加した。
昨年退官され、今は主婦でおばあちゃんをやっています、と
話し始めた。

とてもゆっくりで優しく、かみしめるような話し方。

労働省に入省したが、厚生労働省に移行され、
障害者雇用に取組むようになった。

障害者雇用は、「宿題のようなもの」ではないかと言う。

子どもの頃は、勉強の大事さや面白さ、
実際何をどう勉強してよいかが分からないので、
宿題を出される。
いやいややっているけれど、
大きくなるにつれ、勉強の面白さがわかってくれば、
誰かに指示されなくても、自分から勉強するようになる。

障害者雇用も、同じではないか、と。

最初は義務で始めても、時が経つにつれ、
その素晴らしさに気づいていく。

「社会の誰もが、社会の支え手であり、構成員である。」
「仕事を通じた一人ひとりの成長と、社会全体の成長の好循環」
素敵なことば。

或るB型作業所で働き、月の工賃4万円をもらっていた青年が、
父親の転勤で引越しをして、作業所を移った。
移った先で、彼は工賃7万円を貰えるようになった、と、
古巣の作業所に訪ねてきた。
そこの所長さんが何と言ったか。

彼が、4万稼ぐ人から7万稼ぐ人に、一気に成長した訳ではない。
彼を稼がせることができたのは、事業所の力。
自分はまだまだ不足している、と。

従業員の得意なことを伸ばして、
業績を上げるように日々励む。

本当にそうだ。
それに尽きる。


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味覚の記憶 「いくら食べたい」

いくら
無性になにかを食べたくて仕方がなくなる時がある。

先日は、「いくら」を食べたい、に振りまわされてしまった。

美味しいいくらはそんなに簡単には食べられない。
取り寄せで注文したけれど、
結局、週末に寄ったデパートでいくらを見たら、
待ちきれなくなって思わず購入してしまい、
家で美味しくいただいた。

時々何かを食べたくなるのは何故だろう。

その味や食感を、正確に思い出して、
気持ちを納得させようと思っても、
「どんな味だか分かってはいるが、あの味覚をもう一度体験したい」
という欲望は消せない。

味の記憶は、データとして残っているのだから
そのデータで、自分を満足させられないのは何故か。

そんな私のつぶやきを聴いていた友人がぼそっと一言。

「生き物だからじゃないの」

ああ、
そうだ。
そうだった。

私は自分を機械かなにかのように
コントロールしたくなっていたらしい。

生き物であるのに。。。


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【人生初】着ぐるみ体験

着ぐるみ

人生で初めて、着ぐるみを着て街を歩きました。
3時間ほどでしたが、人生観が変わるほど
結構すごい体験だったので、書き残しておきます。

まず、ほとんど視界ゼロです。
着ぐるみの構造の問題だと思いますが、
私が着た着ぐるみは足元が少し見えるだけでした。
歩くには、人のアテンドが必要でした。

そう、視覚障害の人と同じ体験ができました。

周りの人が、こっちに来て!と呼んでくれても、
こっちがどっちなのかわかりません。
右だよ、左だよ、前だよ、と言って欲しい。

せっかく手を引いていてくれていても、
段差などを教えてくれなければ、びっくりします。
妹が全盲ですし、盲人と歩くのは慣れていたつもりでしたが、
自分が体験すると、ずいぶん怖いものだな、
気をつけよう、と思いました。
(妹よ、雑な姉でごめん。)

2番目に。
着ぐるみを着ていると、多くの人が
「かわいい~」と言いながら寄ってきてくれます。

握手を求めてくれます。
私が調子にのって、ハグすると、すごく喜んでくれます。

中身はただのおばさんなのに。

着ぐるみという虚像でも、喜んでもらえると、
なんだか自分が満たされて、いい気分になっていきます。

芸能人って、こんな感じかな、と思いました。

ひきこもりの人なんか、社会復帰する初仕事としては
最適なんじゃないかと思いました。
3番目。
着ぐるみを着るルールとして、声を出してはいけないと言われました。
おしゃべり厳禁。

実はこれが、見えないことより辛かった。

たったの3時間、意志を表せないだけで、こんなにつらいのか、と
思いました。

前が見えず、口もきけない着ぐるみの中で考えていたのは、
ヘレン・ケラーや、自閉症の人や、寝たきりの人のことでした。

人間って、表現したい生き物。
色んな事を考えているのに、人に伝えられない辛さって、
壮絶だな、と思いました。

しゃべるな、と言われていた私がとった行動は、
パフォーマンス。
嬉しいとか、悲しいとか、身体いっぱいに使って表現していました。

この調子なら、手話も覚えられそうな。
(本当か?)

とにかく、色んなことを考えた3時間でした(^O^)


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思い込み

2015年12月23日に、視覚障害者むけの機器展がありました。

会場は、JR浅草橋から徒歩6分くらいのところ。
毎年、駅から会場までの誘導のボランティアがあるのです。
私は今年初めて参加しました。

改札口で待っていると、白杖をついた人達が続々と出てきます。
「アメディアフェアへ行かれる方ですか?」と声をかけ、
そこから腕を貸して一緒に歩きます。

その一団の中に、とてもきれいな女性と、二人の盲人男性という3人組が来ました。
「アメディアフェアへ行かれる方ですか?」と声をかけると、
「道がよくわからないです」というので、道案内をしようと思い、
私は先に立ってずんずん歩き出しました。

後ろを振り返ると、その女性がついて来ないのです。
その場にいた、ボランティアリーダーの方が私に、
「一緒に行ってください!」と言うのですが
付き添いの人がいるのだから、道案内だけすればいい、と私は思っていました。
でもなんだか変。

しばらくして、ようやく気づきました。
その、きれいな女性も弱視だったのです…。

盲人のアテンドをしているから、見える人だ、
という思い込み。

置いてきぼりで、先に歩いてしまったことをお詫びして、
会場まで4人繋がって歩きました。

晴眼(見える)者と間違われませんか?と聞くと、
そうですね、と仰っていました。

最初に感じた印象と事実は、全然違う。

思い込みってこわいなあ、と思う出来事でした。

会場で出会った盲導犬たち♡

会場で出会った盲導犬たち♡