みかもぶろぐ

日々雑感をすこし丁寧に。


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味覚の記憶 「いくら食べたい」

いくら
無性になにかを食べたくて仕方がなくなる時がある。

先日は、「いくら」を食べたい、に振りまわされてしまった。

美味しいいくらはそんなに簡単には食べられない。
取り寄せで注文したけれど、
結局、週末に寄ったデパートでいくらを見たら、
待ちきれなくなって思わず購入してしまい、
家で美味しくいただいた。

時々何かを食べたくなるのは何故だろう。

その味や食感を、正確に思い出して、
気持ちを納得させようと思っても、
「どんな味だか分かってはいるが、あの味覚をもう一度体験したい」
という欲望は消せない。

味の記憶は、データとして残っているのだから
そのデータで、自分を満足させられないのは何故か。

そんな私のつぶやきを聴いていた友人がぼそっと一言。

「生き物だからじゃないの」

ああ、
そうだ。
そうだった。

私は自分を機械かなにかのように
コントロールしたくなっていたらしい。

生き物であるのに。。。


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【人生初】着ぐるみ体験

着ぐるみ

人生で初めて、着ぐるみを着て街を歩きました。
3時間ほどでしたが、人生観が変わるほど
結構すごい体験だったので、書き残しておきます。

まず、ほとんど視界ゼロです。
着ぐるみの構造の問題だと思いますが、
私が着た着ぐるみは足元が少し見えるだけでした。
歩くには、人のアテンドが必要でした。

そう、視覚障害の人と同じ体験ができました。

周りの人が、こっちに来て!と呼んでくれても、
こっちがどっちなのかわかりません。
右だよ、左だよ、前だよ、と言って欲しい。

せっかく手を引いていてくれていても、
段差などを教えてくれなければ、びっくりします。
妹が全盲ですし、盲人と歩くのは慣れていたつもりでしたが、
自分が体験すると、ずいぶん怖いものだな、
気をつけよう、と思いました。
(妹よ、雑な姉でごめん。)

2番目に。
着ぐるみを着ていると、多くの人が
「かわいい~」と言いながら寄ってきてくれます。

握手を求めてくれます。
私が調子にのって、ハグすると、すごく喜んでくれます。

中身はただのおばさんなのに。

着ぐるみという虚像でも、喜んでもらえると、
なんだか自分が満たされて、いい気分になっていきます。

芸能人って、こんな感じかな、と思いました。

ひきこもりの人なんか、社会復帰する初仕事としては
最適なんじゃないかと思いました。
3番目。
着ぐるみを着るルールとして、声を出してはいけないと言われました。
おしゃべり厳禁。

実はこれが、見えないことより辛かった。

たったの3時間、意志を表せないだけで、こんなにつらいのか、と
思いました。

前が見えず、口もきけない着ぐるみの中で考えていたのは、
ヘレン・ケラーや、自閉症の人や、寝たきりの人のことでした。

人間って、表現したい生き物。
色んな事を考えているのに、人に伝えられない辛さって、
壮絶だな、と思いました。

しゃべるな、と言われていた私がとった行動は、
パフォーマンス。
嬉しいとか、悲しいとか、身体いっぱいに使って表現していました。

この調子なら、手話も覚えられそうな。
(本当か?)

とにかく、色んなことを考えた3時間でした(^O^)